私信
Aちゃんへ
この前飲みに行った時、つきあって数年になる彼氏から・・
「君と出会って○年経つけど、僕は今も君が一番好きだよ。そして、10年後も君の事が一番好きだよ」
と、言われて
「うるせー!!! 来る来ないか当てにならない未来のことより、今のこのマンネリをなんとかしやがれ!!!」
って、心のなかで毒づいてた。。。って、荒れていたよね。
あん時は、悔しいから言わなかったけどさ。。。。
それって・・・
Aちゃんへ
この前飲みに行った時、つきあって数年になる彼氏から・・
「君と出会って○年経つけど、僕は今も君が一番好きだよ。そして、10年後も君の事が一番好きだよ」
と、言われて
「うるせー!!! 来る来ないか当てにならない未来のことより、今のこのマンネリをなんとかしやがれ!!!」
って、心のなかで毒づいてた。。。って、荒れていたよね。
あん時は、悔しいから言わなかったけどさ。。。。
それって・・・
気がつけば、2ヶ月更新していませんでした。
ブログも某SNSもとんとご無沙汰していたら、色々な方々から「生きてんのか?」的なメールをいただきまして、皆様、ご心配をおかけして誠に申し訳ございませんでした。(前回の内容があれだしな…)
生きています。
(何故か「生きていません」って打っちまってたぜ)
でもって、今回の連休は寝込みませんでした。
体調も、まずまずです。
仕事も、順調です。
では、何故に更新していなかったのかというと…
机の上を整理していたら、古い新聞の切抜きを見つけた。
スウェーデンの中学教科書に載っている、ドロシー・ロー・ノルトという人の誌(?)だ。
「子ども」
批判ばかりされた子どもは 非難することをおぼえる
殴られて大きくなった子どもは 力にたよることをおぼえる
笑いものにされた子どもは ものを言わずにいることをおぼえる
皮肉にさらされた子どもは 鈍い良心のもちぬしとなる
しかし、激励をうけた子どもは 自信をおぼえる
寛容にであった子どもは 忍耐をおぼえる
賞賛をうけた子どもは 評価することをおぼえる
フェアプレーを経験した子どもは 公正をおぼえる
友情を知る子どもは 親切をおぼえる
安心を経験した子どもは 信頼をおぼえる
可愛がられ抱きしめられた子どもは 世界中の愛情を感じとることをおぼえる
私は、この中のどの子どもに当てはまるのかな?
でもさ、例え笑いものにされた子どもだって、大人になって、自分自身を変えることはできる。
それが出来ない人は、一生誰かのせいにして生き続けるのだと思う。
ウェディング・ベル~ からかわないでよ
ウェディング・ベル~ 本気だったのよ
ウェディング・ベル~
最近、懐かしい歌がTVの中から流れてきていますが、学生時代、甘酸っぱい思い出のひとつやふたつ、あっちゃったりしちゃいませんか?
んで、そういう思いが再可燃するのが、やっぱり同窓会ですよねぇ。。。
あの時は、恋とは知らなくて… お互い意地をはってしまって… などなどで打ち明けられなかった思いを、旅の恥はかきすてとばかり、暴露しちゃって…
何が終わりかって?
そりゃ正月休みに決まっています。
楽しかった9連休。
夢のようだった9連休。。
あ~ 明日から仕事かよ。。。
ちなみに今回はあんまり寝込まずにすみました。(2日間ほどちょっと寝込んだけど)
って、世間の深刻さを考えたら、こんなこと言っていられないような気がします。
正月にしゃれこうべを持って道を歩いたのは確か一休さんだったよね?
「正月正月と浮かれてるが、俺たちゃ一刻一刻死に近づいていってるんだぞ」
↑ってことでしたっけ?
しかしさ・・・
先日とうとう初雪が降りました。
んで、全国版のニュースなんぞで「S市に、初雪が降りました~」なんて、大雪ビュービューの映像を流していたが、それを見て私の感想。
「どこの地方だ!? ここ」
住んでいる私でさえびっくらこいた。
おそらく一番天候が荒れていた時の映像なのだろうが、あれじゃぁ、他の地方の人達には一日中吹雪いていたように思われるだろうな。
過剰演出反対・・・
本文に行く前に宜しくね
今日は寒いな。。。。
人生いたるところで選択しなければならない時がある。
「今日の夕飯は、おでんにしようか、シチューにしようか」なんてお気楽な選択もあれば、人生そのものにかかわる選択もある(いや、夕飯の選択も人生にかかわるぞ)
皆が口をそろえて言うのは
「後悔したくない」
まぁ、そりゃそうでしょうね。
だから、皆一生懸命考える。
どの道を行けば、後悔しないのか、必死で考える。
んだけどもさ…
今週あたりから、真剣に就職活動しようと思う。(って、まだしてなかったんかい)
本当はもうちょっとゆっくりしてもいいかな?なんて気持ちがなくもなかったんだけど、そうも言ってはいられないようだ。
失業してから、多忙を理由に疎遠になっていた友人たちと、また交流をもつようになった。
その内の何人かなんだが、一緒にご飯を食べたあと、代金を奢ってくれる人がいた。
遠慮する私に、「ボーナスを思ったよりもらったから」とか「臨時収入があったから」などと言って、私の差し出したお金を決して受け取ろうとはしなかった。
先日、ある友人と遊びに行った時のこと、彼女が大きな紙袋を私にくれた。
中を見ると、米と缶詰が入っていた。
それで、さすがに鈍い私も気がついた。
心配(同情?)されているんだな。と…
一人暮らしの私が、失業して収入がなくなったことを、気遣ってくれていたのだろう。
彼女たちの好意はありがたいと思う。
心配してくれて、感謝している。
けれど…
たまらなくみじめだった。
「私は、こんな風に施しをうけなければならないほど、落ちてしまったのだろうか?」
そう思うと、やりきれなかった。
私だって、バカではない。
ちゃんと生活のことや、再就職のことを考えて、「やっていける」と判断したからこそ、退職したのだ。
友人たちからの誘いだって、お金がなかったら断わっている。
確かに、今の状況で、食事代や飲み代を負担するのはきつい。
だけど、1週間インスタントラーメン生活をしてでも、彼女たちと会って、話がしたかったんだよ。
同時に、これほど友人たちに気を遣わせたことを反省した。
会って、今年の初めから起こった出来事をまくしたてていた。
相手が驚いて、心配するのも無理はなかったのかもしれない。
私にとっては、ちょっと(?)愚痴ってストレス発散したかっただけなのだけどね。。。。
私の人生は、私のものだ。
誰に何を言われようが、自分の行きたい道を進もうと思っている(犯罪以外は)
なので、私の今の状況は、国のせいでも、会社のせいでも、ましてや親のせいでもない。
全て私自身の責任である。
まぁ そりゃぁね。。政治家や会社や親に言いたいことはたくさんあるよ。
派閥争いばかりしている政治家を「税金ドロボー」となじってやりたいよ。
あの無能上司のお陰で、すっげぇ嫌な思いをしたじゃんかぁ。。。って思うよ。
どうしてあんなボケを上司にしたんだよ。って会社を恨んだこともあったよ。
もっとお金持ちに家に生まれたら、私の人生変わってたんじゃないかなぁ。。なんて思ったこともあるさ。。。
だけどさ、、
そんなこと言っても仕方ないっしょ?
誰かを恨んで文句ばかり言っても、事態は何も変わらないんだよ。
歩いていける二本の足があり、考える頭があり、物事を見通す目があるんだから、足りないものは、自分で考えて、補っていけばいいと思う。
そうやって前に進んでいけばいいと思う。
私は、私の人生に誇りをもっています。
私は、同情するのもされるのも嫌いだ。
誰かに同情するというのは、自分の優越感をひけらかしているように思えて、吐き気がする。
誰かから同情されるというのは、自分の人生を侮辱されたのだと思う。
ただ、今回早く就職しようと思ったのは、同情されたからではなく、こんなにもまわりに心配をかけていたんだ。ということに気付いたからだ。
米と缶詰、、、、めちゃくちゃ重かったよ。。。
その重い袋を、私の為に持ってきてくれたんだね。。
飯を奢ってくれた人達も、私が気を遣わないように、嘘を言ってくれたんだね。
そういう周りの心配も知らないで、小倉のウンチクを子守唄代わりにする生活をしていた自分が、恥ずかしくなったのだ。
明日、ちゃんと朝起きて、友人からもらった米を食って、ハローワークに職探しに行ってこようかな。
そして、仕事が決まったら、今度は私が友人たちに食事をご馳走しよう。
「心配かけてゴメンネ。」って
ってことで、今度は就職活動を記事にしますね~
どうか「涙の転職日記2」にならないように祈っていてくださいね。
↓こっちも宜しくね。
眠い・・・
最近ものすごーくまいっている。
ここ半年ほど、激動だったせいもあるが、
なんといっても一番の原因は、人の悪意。
この半年間で、いままでに味わったことの無いような悪意にさらされた。
よくもまぁ、これだけ堂々と悪意がはけるものだと返って感心した。
最初はね、「これじゃぁ いけないわ」と変えようと頑張ったんだよ。
しかし、すぐに無駄だと悟った。
自分を守るためには、逃げ出すか、悪意に染まるか、それしか道はなかった。
すみません、逃げました。
だって、毎日人の悪口言ってるような人間になりたくなかったんだもん。
自分で自分を嫌いになりたくなかったんだもん。
しかし、悪意というものはどこにでも転がっている。
会社でも、友人同士の間でも、店の客と店員の間でも。
嫌な思いをしながら生きていたい人なんていないと思う。
なのに、どうして人を傷つけることしかできないのだろうか…?
そういう私だって、誰かを傷つけて生きているんだろうけどね。
誰かに傷つけられたから、自分も誰かを傷つける。
その誰かは誰かを傷つける。
負の連鎖は終わらない。
けれど…
もしも、私が誰かに優しくしたら…
それに気を良くした誰かが誰かに優しくして、また誰かが誰かに優しくして、
そんな風に、優しさの連鎖を生み出すことはできないのだろうか?(こんな映画あったな)
まぁ、それをやろうとして失敗しだんだけどね。
今の私が思うこと
悪意は優しさより強烈だ!!!
最近のコメント